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ふと思う事

たまに「どうして自分は今の自分をやっているんだろうか?」と疑問に思う事がある。今の自分と言うのは人格的な自分のことね。生活している環境とか、やっている事とかさ。まあそれは「自分だから」と言う答えで落ち着くんだがね。

創作活動をしていても思う事がある。なんで小説を書くんだろうか?って。

そりゃまあ好きだからと言ってしまえばそれまでだし、明確な答えはそれしか無いわけでさ。だけど別に小説でなくても良かったはずなんだよ。それがどうして小説なんだろうか?真剣に考えた事があってな。まあ結局は・・・

「言葉に出来ないから」

そんな結果で終ったんだけどね(笑)

俺は元々喋りは得意じゃないんです。何話していいか分からないときもあるし、人と接しているときが苦痛に思えるときもある。そんな時「一人だったらな~」なんて思うんだが、詰まる所結局は自分が思っている事、疑問に思っている事、それ違うだろって思う事とかを、遠回しで表現するのが好きなんだろうね。だから小説と言う手段を用いて表現しようとしている。創作していると思うんですよ。何もこんな苦しんでまで生み出す必要ないんじゃね?って(苦笑)

生みの苦しみってのはやっぱりあってね。白紙の原稿用紙をどうやって文字で埋めるかは作者の技量に掛かってる。漫画やイラストとは違うから、文字意外で物語や感情を表現する事は出来ない。文字だけでいかしにて作者の思いの丈を伝えるか、その辺が争点となってくるわけで。

毎度毎度苦しいのは確かなんだけど、別の見方をすると、これが自分にしか出来ない事なんだなって思うね。多分、俺がやっている作業は俺にしか出来ない。そういうのは作者一人一人が同じなんだろうね。

昔と比べるとちったぁマシになったんだろうな、きっと(笑)

ただそれだけ将来は見えないよ。これだけは揺るがない事実。だから安定した生活を望んだり、冒険の出来ない人間には出来ない事だろうし、またそういうことを前提に考える異性とはお付き合いできません。創作の世界全般に言えることだけど、本当に将来的にも先は真っ暗ですから。一寸先は闇なんて言うけど、ホント、状況はそんな状況でとても不安定。

何かを得るためには、何かが犠牲になる。

ある程度自分と言う人物が成り立ち、自分がどうあるべきかが分かった時点でそれは覚悟していた。もう戻れないところまで来ているなと、思ったな。確かに人生をやり直す事はいつでも出来るけど、引き返すことって出来ないんですよ。人によっては出来る人もいるんでしょうけど、俺は無理でね。引き返すわけには行かない。過去を振り返って懐かしむ事ほどカッコ悪いものはないですから。

俺は何を得たかな?

俺が得たのは本当の自分。

そして犠牲にしたのは・・・・・・。

あえて言いません、悲しくなるので(苦笑)

このドス黒い世界で、本当の狂気ってのは何かを表現していく。そういう世界が自分のいるべき場所なんだとは思うんだが。心のどこかでは相反する世界に対する憧れがある。でも憧れと現実は違う。ではその現実はどんな世界だ?

闇の世界・・・・になってしまうんだよな~俺の場合。

そうでなきゃ人間の狂気なんて書かないし。

今回、自分の本名と創作上の名前を分けた理由はその辺が理由です。

無論、創作上の名前は「四死天 緋水」じゃありませんけどね。

まだ誰にも公表していない。

創作上の俺と本名の俺とは何が違うのか?

これが結構違っているんだよな。最近気付いたんですけどね。

人間には常に二つ。両手足、脳、目、耳、鼻、その他もろもろ。

必ず二つ付いているでしょ。

本名の自分と、創作上の自分。そう言う意味ではどっちも俺自身。

さてどっちが本当の、真の自分なんだろうか。

まだまだ答えは出ない。

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